2012年10月11日木曜日

堀田善衞『めぐりあいし人びと』(文庫版)


堀田善衞『めぐりあいし人びと』(文庫版)

1998,集英社

58p
 その終わりころになって、一人のインドの詩人が英訳での自作の朗読を始めたんですが、そのなかに「インパールにおいて」というフレーズが聞こえたのです。インパールというのは、第二次大戦のときに日本軍が侵攻したインド東部の場所です。
 それを聞いて、私はやにわに立ち上がって、「今、インパールに触れられたけれども、日本軍はそこに侵入して自らも大きな痛手を受けました。しかし、それ以上にインドの方々をたいへん悲惨な目に遭わせてしまいました。私は日本人の一人の作家として、その責任を取らねばなりませんが、とにかくここで日本軍の非行にたいして謝ります」といいました。
 その夜は何事もなくすんだのですが、その私の発言についてインド側はずいぶんと驚いたらしい。つまり、インドには、公の機関ー軍隊も公の機関ですからーが行なったことにたいして、個人が責任を取るという習慣はないわけです。まあ、別の意味で日本側もびっくりしたと思いますが。
 そして二、三日後に、またまた『ヒンドスタン・タイムズ』に、日本人の詩人が、日本軍の戦争犯罪にたいして謝罪するといった、という記事がでかでかと載ってしまったのです。これはえらい騒ぎになってしまったものだと、いささか慌ててしまいました。
 (中略)
 そのコタ・ハウスへ電話がかかってきて、"This is office of prime minister."という。首相官邸からの電話なんですね。そして、首相のミスター・ネルーがあなたに会いたいといっているから、こちらに来てくれというわけです。

87p
 サルトルと会って話すのは、たいていモンパルナスの彼のアパルトマンでしたが、その部屋はやけに殺風景で、壁には複製の写真の絵しか貼っていないんです。どうしてもっと好きな絵とか飾らないのかと尋ねると、たとえば画廊へ行って、この絵が欲しいというと、金はいらないからもっていってくださいといわれるそうなんです。彼が買ったということが一つの評価になるんでしょう。それがいやだから、絵は買わないんだ、といっていました。そんなところは、いかにもサルトルらしい。

130p
 事情はヨーロッパでも同様で、たとえば南仏のペルピーニアンという田舎町ですが、城壁が町を囲んでいて、中心には広場があるという典型的な中世以来の町があります。その中世の面影をたたえた建物が残っている町に入って行くと、その典型的中世の面影を残す古い中心部に長い着物を着たアラブ人がいっぱいうろうろしているのです。これはなんとも奇妙な光景で、アラブ人が多く入ってきたので、もとからいた人たちはみな、城壁の外へ逃げ出していき、都市の中心部にはますますフランス人が少なくっているのです。
 そういう奇妙な風景は、日本でも原宿あたりに出てきていますね。このようなことにたいして、どのような対応をしてゆけばよいのか、今後の日本でも大きな課題になっていくだろうと思います。

 220p
  人間優先という考え方は、デモクラシーのあり方にも関係してくるでしょう。ひと口にデモクラシーといっても、アメリカのような一種の平べったいデモクラシーもあれば、イギリス、フランス、ドイツのような階級を存続したままでのデモクラシーというのもありうるわけです。なぜそのような多様なかたちがありうるのかというと、デモクラシーというのは、手段、方法であって、それ自体が自己目的ではないからです。だから、デモクラシーには、デモクラシーに対する幻滅がはじめからビルト・インされているわけです。
 いっぽう、社会主義は、社会主義建設が目的であって、目的のためには手段を問わないという部分が必ず出てくる。つまり、社会主義に対する幻滅感が、あらかじめビルト・インされていない。だから、その目的に反するような行為は罰しなくてはならなくなってくる。
 そこが、デモクラシーと社会主義との非常に異なる点であると思います。しかし、政治体制というものは、やはりそうした幻滅が内蔵されていることのほうが安全弁になるだろうし、健全なシステムだろうと思います。


























2012年3月10日土曜日

読書メモ:小太刀右京『機動戦士ガンダムAGE』(1)

ガンダムAGEの小説版。ディケの心理描写が200%増し。時代背景とかほかのキャラの内面も掘り下げてて、原作のアニメより面白い




小太刀右京『機動戦士ガンダムAGE』(1)
2012,角川書店



24p
どこまでも続く遺伝子改良植物の緑と、豊かな田園風景。
この壁面を隔てた虚空のどこかで、戦争が起きていることなど、誰も信じはしないだろう。
アリンストン基地の兵士たちですら、戦争などは百年も昔の物語として知っているだけだ。
だが、フリット・アスノは知っている。
この世界が、戦争と悪意に満ちていることを。
母から託されたメモリーユニット、”AGEデバイス”と呼ばれるそれを握りしめて、少年は決意を新たにした。
大切な人々を守るのだ。
今度こそ。


27-28p
「おい、見ろよ。珍しいこともあるもんだ。フリットの野郎が来てやがるぜ」
「UEとの戦争にしか興味のないミリタリーヲタクがか?明日は気象コンピュータがいかれて、雨が降るんじゃないか?」


32p
「連邦軍は、何をやっているんだっ!戦場を市街地に広げているだけじゃないか!そんな戦い方じゃ、まるでダメなんだ!」


32p
エミリーを連れてきたのは、もちろん好意によるものだけれど、それだけではなかった。基地の整備班長の孫娘であるエミリーの知識と顔がなければ、彼の望むことは達成できない。そのような判断もまた、少年の中には同居していた。


36p
技術者としてのバルガス老人の言葉も真摯なら、少年とはいえ、開発者としてのフリットの言葉も真摯だった。
彼は怒っていた。。この日のために開発した自分のテクノロジーが生かされないことに。あれに乗るのは自分である必要はない。なすべきことは、他にある。
「どうしてだよバルガス!」
「どうもこうもない」
老人の言葉は、巌のように重かった。
「未完成のマシーンで何が出来る?今のガンダムは、歩くことさえままならんことは、おぬしが一番わかっておろうが!」
「歩かせるさ」
フリットは断固たる決意で、ポケットからAGEデバイスを取り出した。その中には、彼が徹夜でくみ上げた姿勢制御プログラムが収められている。

58p
「それでも」
エミリーはまた、あの響きを帯びた答えを返した。その視線はディケにも、エレカにもない。
「それでもフリットは、そうしなくちゃいけないから。そうしないと、運命に立ち向かうことができないから」
「……わかった」
ディケはそれ以上、何も言わないことにした。何かを言えば、自分の男を下げると、そう思ったからだ。
「代わりのエレカか、そいつを移動させるパワーローダーを見つけてくる。港に運び込むまでは、手伝うよ。連邦軍だってメチャクチャなんだから、大人に頼らずに、オレたちでやらなくちゃな!」
そうでなきゃ、死んだクラスメートに申し訳が立たないだろうが、という言葉は、飲み込んだ。
(チクショウ……童貞のままで死ぬのは嫌だよな、って話してただろうがよ……)
涙は、塩の味がして、生きている証だった。


117-118p
(ウルフ)
「お前、どうしてオレがエース・パイロットなのか、疑ってるだろ」
「……まあ」
「ガキのお前にゃわからんかもしれんが、今、地球圏のあちこちではゴタゴタが起きてる。ゴタゴタといっても、殴り合いやもめ事のことじゃない。モビルスーツを使っての殺し合いだ」
「そんな!銀の杯条約でMSによる戦争は放棄されたって……」
「建前はそうだ。だが、十四年前、UEが現れて連邦軍が組織されるようになると、民間自衛のたてまえで、MSの個人所有がなし崩し的に認められるようになった。そうなれば、手に入れた武力で問題を解決したくなるのが人間ってやつだ。オレはこの間まで、そういうバカどもと戦争をしていた」
「人間同士の……!?」
「もちろん、戦争は根絶された建前だからな。反連邦行為の鎮圧、ってことになってる。そもそも、人類政体は地球連邦政府しか存在しないしなーーーで、そこでお前みたいな年頃の兵士は、たくさん見たよ」
ウルフの言葉は、重かった。
「…殺したんですか?」
「ああ。こちらに銃を向けてくれば、そうするしかない。あいつらだって殺されたくないから、こちらに銃を向ける。撃たなければ、連中の家族が殺される。そういう仕組だ。おれは、それがイヤになった。そこでプロパガンダの英雄にされるのも、そういう連中を殺すのも。だから、一番きつい前線に回してくれるよう志願した」


118p
「……だから僕みたいな子供が戦場にいるのが、イヤなんですか?」
「当たり前だろうが。ガキは、未来だ。その未来を戦場に引きずり出して殺しをやらせるやつは、クズだ」


120-121p
(ラーガン)
「あなたの血管には血の代わりに不凍液でもながれてるんじゃないですか。そうであけりゃあ、そんな冷たい判断をしたら凍死しちまうでしょうよ」
(グルーデック)
「そんな当たり前のことをいちいち指摘するな、ラーガン中尉」

2012年2月7日火曜日

富野由悠季『機動戦士Vガンダム』2巻

富野由悠季『機動戦士Vガンダム<2>マルチプル・モビルスーツ』
1993,角川書店

目次

24p
(マーベット)「伯爵がいっていたでしょう?ウッソは、ニュータイプだって。ふつうでない感性と能力をもっている子という意味でね。すくなくとも、初代ガンダムにのっていたアムロ・レイというパイロットは、そういわれていたわ。その後、いくつかのタイプのガンダムが登場して、それぞれニュータイプと期待されたパイロットたちがのって戦った……でも、ニュータイプって、天才的なパイロットのことではないのよ?ふつうの人よりは、世界をかんじられる感覚をもっていて、それでいて、自分が特別だとうぬぼれることがない感覚をもっている人のこと……でも、そういうスペシャルな人は、まだ出てはいないけれど、いつかは、本当のニュータイプがでてきて、人のすむ社会全体を、じょうずに操縦してくれるのよ。争いをしない社会をつくって、その社会が、環境を汚染させないですんで、誤解と感情的ないさかいのない社会をつくってくれる。それが、ニュング伯爵やジン・ジャハナムの言うニュータイプ………だからなのよ?このビクトリー・タイプのモビルスーツの顔は、ガンダムの系譜をひきついだ顔になっている。リガ・ミリティアの期待、希望をあらわしているの。だから、あのモビルスーツの制式名称は、ビクトリー・ガンダム」
 26p
(ジュンコ)「あたしたちは、イエロージャケットと命のやりとりをするんだ。そうなりゃ、兵器なんてのは、機構がシンプルなほうが確実なんだ。変形もドッキングもしないガンイージでいいのさ。これは、兵器の永遠の真理だよ」

63p
(ウッソ)
「……オリファーさん。スペース・コロニーって、なんで荒んでいるんです?」
ウッソは、オリファーの手がやすんだのをみはからって、きいた。
「温室だからな」
オリファーが、ウッソのほうをむいてくれた。
「温室……?」
「ウン……。大人ってな、専門職とかスペシャリストという考え方のなかで食ってきたというか、生活をしてきただろう。それで、社会全体のこととか、人間全体のことを考えなくなっていった……スペース・コロニーというのは、宇宙にあるからってなんて言うのかな、こう、ブワーッといた広いものじゃないんだな。だから、セコセコした人間をつくっていった……ま、そういうことだ」
「そうですか……そうだよな、空をかんじられないで生きていけば、自然をかんじられませんよね?まして、自然の無残さなんか、人間社会のロジックからは、うまれるわけがないんですよね」

125p
マリアが、フォンセ・カガチの説得に屈服した理由に、彼のその経歴もあった。
カガチは言ったものだ。
『木星までいって帰ってくるという環境は、地球的なものではありません。ですからですよ、お嬢さん。人類が、どれほど御しがたい種であるか、思い知ることができたのです。
そして、このわたしにすれば、最後の木星行きから帰ってきてみた地球圏の混乱というものは、どうしようもないものにみえました。ちょうど、旧世紀のニューヨークとかの都市のようにみえたのです。貧富の差ははげしく、おなじ街にすみながらも、民族のすみわけがあり、銃の不法所有者がいる。上下水道は、傷みがはげしく、しかも、その水道の水は、都市の必要性という理由だけで、理不尽な場所から取水されている。あげくに、都市がはきだすゴミは、都会の人間の目にみえないところにすてられつづけて、都市の基板をゆるがしていることにも、気づかないのです。
あげくが、天候まで影響をおよぼすような科学技術の乱用で、こっちにほころびがでれば、こちらの技術でかくし、そのことによってつぎの新しい不都合が生まれるというイタチゴッコをやってきました。その結果が、スペース・コロニーへの移民です。が、地球と同じことが、スペース・コロニー百年になれば、月までの空域でおこなわれているのです。
これはもう、人類がやっていることを根本的にやめさせるしかないのです。そのためにですよ。私は、あなたのマリアの教義の根底にある母なる心を大切にして、キリスト以来のマリアの恩寵を世にひろめるという考え方を利用させていただきたいのです』
『母なるものを大切に、ということが、人類社会の革新になるというのですね』
『母がいて子があるのです。これは原理です。それを試験管のなかでできると信じこんだ人類の浅知恵と、そういう知恵という力を信じるしか男の立場がない、とおもいこんでいる度しがたい男の論法を駆逐するためには、マリア主義という古来より人類がききなれた言葉は、武器になります。イスラムやブッキョーを信じるものには、抵抗がありましょうが、何、別の表現でせまればいいのです。ハディージャでもシャリーアでもカンノンボサツの恩寵でもいいのです』

129p
贈収賄で起訴された主犯グループに贈収賄の嫌疑をかけるように工作しておいて、これを糾弾して、ギロチン台に送ったのである。
そして、世論の賛否両論が渦巻くなか、ガチ党は、政権与党におどりでたのである。
ギロチンの年は、アメリア政庁が地球連邦政府から脱退して、ザンスカールを宣言するためには、さらに数年が必要であったが、一度のギロチンは、アメリアとその周辺のスペース・コロニーに決定的な威圧感をあたえて、世論は、急速にガチ党の標榜する新国家建設にかたむいていった。
その経過は、ほかのスペース・コロニー政庁が非難するほどの恐怖政治がとられたり、秘密警察による内偵や、共産主義政権下のような密告の奨励があったわけではない。
しかし、ガチ党に反対する勢力や政敵にたいして、何百回かギロチンの刃がおちたことは事実であったが、革命的に政権を奪取するにしては、ながされた血はすくなかった。
そこには、現代人がもっている血に対する過大反応が、ザンスカール健国に有利にはたらいたとみるのが順当であろう。
142p
(オリファー)「アハハハ……ぼくってなんでこんなに、もてんだろうかなー」

168p
第三国勢力といわれているものまでが、経済的なゆたかさをもとめ、はてしなく拡大生産を余儀なくされている資本主義経済の論理をのみこんでいけば、地球は、ひろくはない。
それが、旧世紀末の地球の閉塞情況であり、それを突破するために、スペース・コロニーが、消費を永遠に継続できる対象として認識されていったのである。
スペース・コロニーの建設が、資本主義経済を継続させうる要素になれば、人類は、みずからを間引きしないですむという発見である。
ここに、スペース・コロニーへの移民が推進された真実の動機があった。
人類は、資本主義経済体制というものがなければ、生きていけないシステムの動物になっていたのだ。
そして、スペース・コロニーを手にいれたときに、自然回帰現象が人類の心理のなかにそだち、戦争というものも、古典的な発想をベースにやってもいいのではないか、スペース・コロニーでのくらしからおこるフラストレーションを、戦争行為によって解消しよう、という衝動がうまれた。

188p
(ワタリー・ギラ)
声は、だしてはならない。口は、閉じられるだけ、閉じていなければ、舌をかんで死ぬ。そういうくだらないことで死んでいった奴は、腐るほどいるのだ。

227p
『人の可能性は、無限大かもしれない……』
ニュータイプというものが、本当にいるのかどうかという議論も、ウッソ・エヴィンという少年をみてしまえば、信じざるをえない心境にもなる
よしんば、そうでないにしても、この才能をもった少年がどう成長するのか、自分たち老人になにを教えてくれるのか、または、自分たちの教えようが正しければ、ニュータイプになりうるのかもしれない、といった興味は、はてしないほど拡大するのである。

229p
(マーベット)
「地球をザンスカールの勢力下におくには、地球連邦の影響下にある人びとは、すべて排除するというのが主義なのよ」

230p
(マーベット)
「主義がちがう人がいると、体制を維持するのがむずかしくなるから。これは、ズッと昔からの人間のやりかたね」
「単純すぎますよ。教育していって、自分たちのいうことをきかせるというのが、現代的なやりかたではないんですか」
  ウッソは、いいくるめられていく自分たちに気づいて抵抗した。
「ザンスカール帝国の創業者は、マリアではなくて、フォンセ・カガチ。彼の考え方の根本には、増えすぎた人類は自浄作用をはたらかせて、無駄な人間はすてるということなのよ。それがどういうことかわかるでしょう?」
「同調できる考え方ですけど、粛清される側にたったら……」
「君は、そういうことがわかる人よね?考え方はわかっても、ひとりの人間にやっていいことと悪いことというのがあるということは、フォンセ・カガチにわからせないといけないの。それは、フォンセ・カガチにかつぎだされて、女王になったマリア・アーモニアの母系社会をつくることが正論だとしても、カガチは、それをかくれ蓑にしているだけなのよ。だから、ザンスカール帝国のやり方は、ともかく、否定しなければならないのよ」
「理屈とぼくらの生活のバランス、とれていないから、いまは、カサレリアに帰って、考えたいんです」
「伯爵だっていっていたじゃない、みんながニュータイプになれるなら、自浄作用の方法だって発見できるかもしれない。そういう時間と場所を手にいれるためには、ともかく、ザンスカールのやり方だけは阻止して、あなたのようなニュータイプの素養をもっている人をのこしていかないと、人類の損失はおおきくなるの よ」
「だから、リガ・ミリティアにつきあえっていうんですか」
シャクティが、また悲しそうな顔をした。
そういうシャクティを見下ろして、マーベットは、ドキッとした。
シャクティのような子供が、自分のしゃべったことなどは、理解しているとはおもっていなかった。
しかし、シャクティの表情は、目の前の事態とカサレリアという隔絶した場所でくらすとういうことが、どういう意味をもっているか、とわかっているとおもえた。
カサレリアでウッソとくらすことは、現実から逃げることで、それは、人としてやってはいけないことだとわかっているからこそ、こんなにも悲しそうな表情をするのだ、とマーベットにはかんじられた。

244p
(オーティス)
「……革新的な技術や考え方というのは、マニアみたいな人間とか、とんでもなく天才的な人間の執念がつくったものさ。それに凡俗が注文をつけて、めちゃめちゃにしたり、あともどりさせたりする。それを、また利口なやつが修正して、つかいやすいものにしたり、平凡なものにしていくのさ。そうやって、人類全体としては、バランスをとってきたんだ。技術なんて、そんなものだね……ウッソくん」
「ボクのいった、おかしいという問題はどうなるんです?」
「機械をつかって戦争させられることかい?敵も同じリスクをしょって出てくるから、技術競争になってしまって、物事の本質を考えることはないわよなぁ」
オーティスのたっぷりした鼻の下の鬚が、モソモソと風にゆれた。
「技術競争……?そうですね……そういうことで、人間って大事なことを考えないできちゃったんだ」
「理想なんて、口でいうだけで、現実は、食うため金をもらうためで精一杯というのが、暮らしだろう」
「そうか……その暮らしに技術をもちこみすぎて、人類は楽に暮らすしかなくなってしまったんですか」
「そうだろう。利口すぎることの罰があたったんだ」
「利口すぎるんではなく、ちょっとだけ利口だったから問題なんでしょ?」
「そうだな。われわれ、西欧人は、なんでも分析し、解決できるという近代的思考におちいって現代をやってきたが、その考え方に問題があると気づいて、自然と調和する暮らしかたはないか、と考えたときには、資本主義経済体制を改革する方法を想像できなかったということだ。わかるか?」
「消費の奨励をしなければならない経済体制というより、人類のつくってしまったシステムを改革できなかった、ということですね」
「それが地球時代までの問題だな……現在は、何が問題だ?」
「スペース・コロニーに象徴される閉塞性に汚染されている人類全体のメンタリティのありかたでしょう?」
「どういう事かな?」
オーティスは機械油のカンで手をあらいながら、ウッソをふりあおいでくれた。
「フラストレーションが、ノスタルジア思考を誘発したり、クラシックなものすべてをいいものだとかんじるような感性ですね。そうだ。ザンスカールのマリア主義なんていう、宗教でもないのに宗教になってしまうようなものを、大衆全体が支持するなんて、いちばんシンボリックな事象でしょうね」
「そうだな。フォンセ・カガチは木星帰りの男なんだが、彼の方法が巧妙であっても、スペース・コロニーのアメリアの大衆の支持がなければ、ザンスカールはおこせなかったからな」

 280p
たいていの由緒ある家系というのものは、売り買いするのがあたりまえの時代になっているのだ。
ときに、ファッションとして、売り買いの値が上下する名前もあるのが、この宇宙時代の文化の一面でもあった。
ただ、その家系の由来を堅持しようとしたり、飾りにするだけであったりするのは、その時の名前を背負った人びとのこころざしによる。

294p
(ウッソ)
ニュング伯爵の肉を食らう人間はいない。それだけで、無駄な死なのである。
『動物たちは、そうして生きていかなければならないからこそ、つぎは、自分がほかの動物のエサになってしまうことになろうという輪廻のなかにいる……けど、人間はそういうことは一切拒否している動物なんだ……無駄な死を同族にする動物……!』
その動物の輪廻の埒外にいる人間が、一方で自由と主権をさけび、そのために、他者の同族を殺すのである。
そこには、あらゆる方向から考えていっても、破綻がある。
ひとり、人間だけが生きる、ひとり、人間だけが、他者のエサになることもなく人という生体を殺す。
感情的に殺すというのなら、まだわかるというものだ。
そうではなく、主義のちがいとか、体制のちがいにいるということを理由で殺すのである。
そこには理性がはたらいているのである。
それは、奇妙なことなのだ。

295p
(ウッソ)
『こういうことを思いつき、やってしまって、それが、歴史の必然などという言葉遣いは、やめなければならない。抹殺されなければならない種は、知恵をつかう人間の大人たちなのではないか?ぼくら子供が、その大人になるということは無惨なことだ。だとしたら、そうではない大人の世界を獲得しなければならない』



2012年2月4日土曜日

富野由悠季 『機動戦士Zガンダム』5巻(完結)

富野由悠季
『機動戦士Zガンダム』5巻
1987,角川書店

26p
(ファ)「全く!ほかの女の体ってそんなに見たいの?」
「ファが、見せてくれないからな……」
カミーユがへらず口を叩いた。
「バカッ!」

261p
(カミーユ)「いや、けど……元通りにはならないよ。俺は、自分の役目がわかってきたから」
(ファ)「カミーユの役目?」
「ああ、俺みたいな人間が、なんでゼータ・ガンダムに乗ったのかっていう偶然の意味を考えていたんだ……ずっと……」
「ええ……それで、分かったのね?」
「ハマーンとやってね。俺、ティターンズにもエゥーゴにも乗せられて、マシーンと人間の能力の調和っていうのかな、そんなものを試されているんじゃないかってわかったんだよな。ま、一種の強化人間でね」
「そんな……」
「ティターンズのやったやり方とはちがうよ。でもね、大きく見れば、そういう時代の子供じゃないかって分かったんだ。だったら、それをギリギリまで試してみるって決めたのさ」
「……どういうこと?」
「マシーンは道具だけど、マシーンに人間の意思を投入して調和させて、別の力を生むことだってできるんじゃないかってさ。だから、俺の力と能力の全てをゼータ・ガンダムに投入してみようって、そういうことさ」
「そしたら、どうなるの?」
「……俺は、まだニュータイプじゃない。だから、死ぬさ……そういうこと……」
「なんで……?」
「力をマシーンに投入すると言ったろう?ニュータイプはそうじゃない。自分の能力を投入しても、マシーンを通して別の力を手に入れることができる人間だ」
カミーユは、ハマーンの幻覚を観た時の感覚を思い出していた。
あの感覚を普通に体験できるのがニュータイプだとカミーユには思えたのだ。
「……でも、俺は出来損ないの人間だから、あんな経験をし続ければ神経がまいっちまう。まだ、外の情報を直接自分の意識に取り入れるだけの力はないんだよ……」

2012年1月27日金曜日

富野由悠季 『機動戦士Zガンダム』4巻

富野由悠季
『機動戦士Zガンダム』4巻
1987,角川書店

55p
 人の潜在能力は、たしかに宇宙に生きるための能力をもつために残されていたのであろう。
 しかし、それが地球と引き換えに行われるのでは、人は不幸である。
 が、不幸は、人が変革するまで続き、幸福はその痛みの中から生まれるのであろう。
 それを神の試しと考え医師を充足することは容易だが、充足する間に地球が崩壊してしまう危機は、厳然として存在する。
 それを乗り越えるために、人はその知恵を授けられたと考えた。

69p
(カミーユ)「でも、悲しみって、我慢できるんですか?」
(アムロ)「オールドタイプは、ちょっと前の痛みを忘れて、次のことができる……。だから、同じ繰り返しができるのさ……」

216p
 出迎えは、左右に儀仗兵を従えた少女であった。
 「さっきの……?なんだ?マントをつけているのか?」
 カミーユには、その少女の黒っぽいコスチュームが、ひどく挑戦的なものに見えた。
 その少女の瞳が、ゆったりと一同を観察し、そして、そのしなやかな体が前に出た。
 「代表は?」
 少女は、とても大人びた声を出した。
 「……ああ……!」
 カミーユは、感動した。
 裏切られたと感じるよりも、儀仗兵を従えた少女ならば、ややハスキーな声の方が似合うと感じたのだ。

222p
(シャア)「ミネバ様をよくもこう育ててくれた!偏見の塊の人間を育ててなんとする!」

229p
 「メラニーは名誉職ばかりだ。つまり、年寄りのやる仕事を上手にやっている男ではある。彼の実権が見えない」
 ハマーンの指摘は正しいとカミーユには聞こえた。
 (ウォン)「……実権が見えるような処で仕事をやって、地球連邦政府を転覆させることができると思いますか?」

305p
 (ジャミトフ)「忌憚ないところを聞くが、その娘な?」
 シロッコは全部を言わせなかった。
 「はっ……お目障りでありましょうが、サラは、私のもう一つのセンサーです。繋がっております。外せません」
 「……!そういうことを聞きたかったのではない。口が堅い娘かと聞きたかっただけだ」

308p
 その人の意思と感性の狭隘さを突破するだけで、人は、ニュータイプになり得る。
 それが、ジャミトフの信条であった

310p
(シロッコ)「噂は、希望ですな。大衆の希望が、噂を生みます。噂は、事実を生む土壌でもあります。しかも、サイド2の13バンチ内では、得体の知れないもビル・スーツの動きもあると確認されていますその意味は何か考えました。……ミネバ・ザビは、本物でなくとも人を信じさせるような状態で、存在するということです」


311p
(ハサン)「精神医学と、バイオテクノロジーの進歩は、人間の尊厳などというものを、とっくに剥奪している。自然に死に、自然に生まれてくるから命の尊さに感動もするし、畏敬の念も生まれるのだが、精子と卵子をいじっている段階で、生まれた赤ちゃんを想像する医者なんていない。想像したら何もできなくなる」

2012年1月20日金曜日

富野由悠季 『機動戦士Zガンダム』3巻

富野由悠季
『機動戦士Zガンダム』3巻
1987,角川書店
目次

PART1  霧の中…17
PART2  ヒッコリーへ…29
PART3  シャトル発進…43
PART4  ニューホンコン…65
PART5  フォウという女…83
PART6  シンデレラ・タイム…109
PART7  サイコ・ガンダム…137
PART8  再出撃…155
PART9  回収…173
PART10 ジャミトフ・ハイマン…195
PART11 ジェリドの背後…213
PART12 ゼータ・ガンダム…233
PART13 密告…251
PART14 コロニーの落ちる日に…275
PART15 ウェーブ・ライダー…305
PART16 キリマンジャロ…323

25p
(シャア)「生きている間に生きている人のすることがある。それを行うことが、ララァに対しての手向けだ」

28p
「立派に父親になっている者もいれば、昔の影に捉われ逡巡している者もいるか……人は川っていくものだとララァはいったはずなのにな・・・」
ふと、シャアは、自分が感傷的になているのに気づいて苦笑した。
「……人のことは笑えんか……」
と……。

114p
「…ララァという敵がいた。ああいった敵と遭遇すると、身を滅ぼす……」

124p
訓練という枠のなかでフォウは確実に反射神経の研ぎ澄まされた人間になっていた。それは、日常的な人の行為の中で語る性質のものではなかった。
いつもいつもセンサーをどこかに貼り付けられて、睡眠中でさえも睡眠学習を施されて、時には、熟睡から強制的に起こされて学習チェックのテストをされてきた人生なのである。
それはマシーンを作るためのものだった。

157p
(ミライ)「夫婦ってね、信頼があるとちゃんと夫の影が写っているものなのよ。それを子供は分かってくれるわ」

199p
ジャミトフは、かつてのジオン公国のギレン・ザビの主義に共感する男である。
ジャミトフは、ギレンの主義は良かったのだが、やり方が間違っていたと信じる男であった。
独裁が見えすぎるのが良くなかったのだ。
大体、ジオン・ダイクンの意思を受ける体制を引き継がざるを得なかったギレンでは、もともと敗北を喫する要因を抱えているに等しかったとジャミトフは見ていた。
「頑冥な人々は、地球上で掃討し、無知無能な者は、コロニー開発に追い上げる。それが、地球上から人間を排除する方法なのだ。今となれば、地球に残りたがるエリート意識に凝り固まった選民は、危機に陥った地球に残して、飢えさせればいいのだ。が、そんな手段を講じているうちに地球が疲弊しすぎるという危機感があるからこそ、軍を組織して地球経済に打撃を与え、ついでに地球上の選民を抹殺する・・・・・・」
それがジャミトフの予定である。
その理論の一面は正しい。
しかし、物理的な手段を講じてしまうところに、ジャミトフの傲岸さがあった。
が、それもジャミトフ自身が認めているところなのだ。
「歳だ。いつ死んでもよい。私の死ぬまでに、地球圏に対して必須のことをやってみせる」
そのためにジャミトフは、一年戦争の終息と同時に、自身の血の類縁の全てと決別をして、ティターンズの組織作りに入ったのである。
「……時代が要求するのだ。でなければ、ジオン公国の旗揚げもなかった……」

217p
(シロッコ)「戦争を起こして、地球経済を徹底的に窮乏に追い込めば、地球上の人間は餓死だな。そうすれば、エゥーゴの言うとおりに地球から人間はいなくなり、地球は自然の手に戻るだろう」
(マウアー)「そのために戦争?ティターンズとエゥーゴは、同じ目的で戦っているのですか?」

2011年12月19日月曜日

瀧本哲史『武器としての決断思考』

2011,瀧本哲史
星海社
星海社新書
思考,大学,自己啓発


目次

はじめに  「武器としての教養(リベラルアーツ)」を身につけろ
ガイダンス なぜ「学ぶ」必要があるのか?
1時間目  「議論」はなんのためにあるのか?
2時間目  漠然とした問題を「具体的に」考える
3時間目  どんなときも「メリット」と「デメリット」を比較する
4時間目  反論は、「深く考える」ために必要なもの
5時間目  議論における「正しさ」とは何か
6時間目  武器としての「情報収集術」
7時間目  「決断する」ということ


ヒトコトレビュー:現代を生き抜くためのディベート思考を教えてくれる本

メモ

(メリットの3条件:内因性・重要性・解決性)
133-134p
相手が挙げるメリットの3条件に対して、それぞれ「そんな問題はそもそもないのでは?」「問題だとしても、たいした問題ではないのでは?」などとツッコミを入れることができれば、反論になります。相手の主張は破綻することになるのです。
ただの口答えが反論ではない理由がわかりますよね。
口答えは脊髄反射で言っているだけで、相手の主張のどこを崩すためのものか、言っている本人もわかっていないのです。


(「正しい主張」の3条件①主張に根拠がある②根拠が反論にさらされている③根拠が反論に耐えた)
161-162p
賛否両論でも「決めること」が大事
③の「根拠が反論に耐えた」は、この授業で何度も言っていることです。賛成側の根拠と反対側の根拠を何度もぶつけ合って、どちらがより正しいかを決めていくわけです。
反対論より賛成論が良ければ、賛成論を「いまの最善解」として扱うことを決める。逆に、賛成論より反対論がよければ、反対論を「いまの最善解」として扱う。それだけのことです。
正解ではなく、いまの最善解を導き出す。
これはディベート思考の根本的な考え方でしたよね。

よくあるダメなパターンは、「賛否両論だから決めない」こと。
「いろいろな意見があってよくわからないから、とりあえずそのままにしておこう」と問題を先送りすることがありますが、実は情報をコントロールするような人はそれが狙いだったりします。
賛成の意見と反対の意見を適当にばらまいて、議論の収拾をつかなくし、現状を存続させる方向に持っていくのは、情報コントロールの基本中の基本になります。そういった「腹黒い優秀な人」に好き勝手やらせないためにも、いろいろな意見が出たら、しっかりそれぞれの根拠に対して反論し合って、暫定的な結論にまでもっていかなければなりません。
みなさんは、自分たちの力で議論をまとめる力を身につけてください。